出会いの滝 (北斗市旧大野町)
2019/08/12
江戸時代、両側から道路工事をはじめてこの滝の近くで開通したことから名付けられたそうです。詳しくはこちらをどうぞ。
2019年8月12日追記
2019年5月再訪の記録
滝の全貌を見ることができました
(追記終了)
出会いの滝 概要
読み | であいのたき |
場所 | 北斗市中山 |
川名 | 小滝の沢 |
落差 | 12m |
幅 | 7m |
形状 | 渓流瀑 |
地形図 | 木地挽山(きじひきやま) |
難易度 | ★☆☆☆☆ |
出会いの滝までのアプローチ
ルート (R=国道 r=道道) | 駐車場 | 徒歩 | 特記 |
R227 | あり | 2分 |
国道272号線を函館から厚沢部方面へ進みます。
「檜沢の滝」へ向かう毛無山登山道入り口から厚沢部方向に3,7km進んだ場所、天狗橋、下天狗橋、中天狗橋と渡って上天狗橋を越えた次のパーキングに車を駐めます。
滝は車道反対側の橋の上から200mほど離れた場所に見えます。ちなみに大野発電所からは8.3kmの距離となります。
2006年に書いた出会いの滝の記録から抜粋
思っていたよりもはるかに大きく、立派な滝だ。ただ、国道からは遠目でしか見られない上に、この季節は木の葉で下半分くらいしか見えない。
案内看板では高さが12mとなっているが、20m近くありそうだ。下3分の1くらいに段がついているのが見える。
薮こぎすれば間近で見られそうだと思ったが、18時近かったこともあり、今日は遠望のみにしておく。葉っぱのない時期にぜひもう一度見てみたい。
2019年8月追記・・・葉っぱのない季節の出会いの滝はこちら(追記終了)
過去記事はすべて2006年6月3日(土)の記録
参考になるサイト
小滝の沢(出会いの滝) * スポット
滝の名前の由来について詳しく書かれています
最後に
滝の名前の由来について上のサイトから引用させていただきます。
国道227号線は、昔から函館と江差方面に行く人や物資の交流に重要な道路です。
安政元年(1854年)、この開拓に最初に挑んだのは、市渡大悲庵(現・円通寺の庵主・道仙)という僧侶で、木間(今の厚沢部町)の旅籠(はたご)屋の主人・麓長吉と「小滝の沢」で落ち合う約束で、東西両方向から中山峠を挟んで工事を始めました。
この工事には、市渡の檀家の人々が参加しましたが、資金難と人出不足のために残念ながら途中で挫折してしまいました。
安政5年(1858年)に鈴鹿甚右衛門と長坂庄兵衛が人夫70人で工事を始め、半年後に道幅2間(約3.6m)、延長11 里(約4.3km)、大小の架橋7カ所、総工事費800 両(現在の金額で、2 億4千万円)の道路が完成しました。
江戸時代のエピソードが残っているんですね。さすが道南という感じがします。
訪問日2006年06月03日(土)
さいごまでご覧いただきありがとうございました・・・m(__)m